中世以前の左官工事
中世以前の左官工事は、各工程(荒壁・中塗・上塗等)をそれぞれ別の職種によって行なうのを原則としました。
古代のこの事情については既述したが(第三章第八節、第四章第七節)、ここでいままで触れなかった中世末(室町時代)の状況も一瞥しておくとしましょう。
『教言卿記』によると、山科教言は応永12(1405)年の8月から9月にかけて、焼失した自邸再建の一環として文庫を建てた。
その詳細な仕様は明らかでないが、前に見た藤原頼長の文倉と同様、扉まで塗籠にされ、かつ内外とも白壁で仕上げられていたことが知られています。